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zoom RSS 松栄ソーイング−実習生の証言2

<<   作成日時 : 2009/03/09 22:11   >>

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実習生Bの証言 2009.3/5現在

私は2006年7月4日、縫製の研修生として来日。

福井県縫製産業協同組合による日本語研修を経て、06年7月27日よりCと共に敦賀市内にある松栄ソーイングで09年1月31日まで、就労していました。

中国にいた時、日本に研修生として行った友人から、日本人は出来ないことやわからないことがあっても、辛抱強く教えてくれる優しい人たちだと聞きました。それで、日本に行くことを決断しました。

しかし、松栄ソーイングに来て、数日で中国で聞いた話と全く違うことを思い知らされました。

私達を待っていたのは仕事中とか休日とか関係なく、社長(青池志津子)から大声で「あほ、ばか、まぬけ、ぼけ、ドン臭い、貧乏人、さっさとせい、帰国させる」等と口汚く罵られ、時には強く叩かれることもある日々でした。

社長は中国語を話せません。それで、私達に仕事中は中国語を使うなと言い、私たちがわからないことを教えあうことにも怒ります。

会社には中国語がわかる人はいません。私達も日本語は良くわかりません。 そうした中で、社長は何事も一方的に話し、私たちに理解や同意を求めるのです。そして「わからない」と言えば怒り、怒られるのが怖くて黙っているとまた怒ります。仕方がないので「わかりました」と言い、仕事を続けますが、社長の意図するところと違うとまた烈火のように怒ります。

結局、どのようにしても社長の怒りに触れるのです。その怒りは罵りや怒号だけではなく、仕事で使うピンや出来上がっている製品を床にぶちまけることなどもしばしばあります。また、ある時は工場の電気を切って、真っ暗の中で反省するように言われたこともあります。

私逹は毎日をまるで地雷を踏まないように、不安と心配、恐怖などでびくびくしながら暮らしています。

仕事中にトイレに行くことは時間のロスだとして、禁止されています。皆、我慢していますがやむを得ず、トイレに行くと「病気だ。薬を飲め」などのいやがらせを言われ続けます。(社長は人を非難する時、なんの脈絡もなく「病気だ」と決めつけるのが、口ぐせになっています)。

仕事がうまくできないと「あなたにあげるお金はないよ」とか「帰国」と罵り、時には手、腕、肩、背中などを力一杯叩きます(肌に叩いた手の跡が残ります)。

さらに「昼食を食べ過ぎると昼からの仕事に差し支える」と言って、昼食のおかずにまで干渉し、自分が気に入らないとまた怒るのです。

仕事は午後5時迄です。残業のある日は引き続いて仕事です。残業中は休憩は全くなく、9時になろうが、10時になろうが一口も食べ物を口にすることはできません。この為か、気持ちが悪くなったり、胃が痛んだりすることもしばしばあります(この事は私に限りません)。

1週間に2日ほど残業が終わると社長が不良品を寮に持ってきて、全員で製品の「なおし」を行うよう命じます。「なおし」は2〜3時間かかり終わるのが午前0時を過ぎることもありました。「なおし」の時間は残業にふくまれません。

達の寮は工場の2階にあり、社長も同じ2階に住んでいます。このことが私達をさらに苦しめています。

仕事が終わってからや休日にも顔をあわすことが多く、そのたびに罵られたり「ああしろ、こうしろ」となにか指図されたりします。

この為、仕事が終わっても、休日であっても心休まることがありません。

こうした毎日の中で会社へ来てから1年半ほどたって、社長の顔を見たり声を聞いたりすると頭から血が引いていくような感じと心臓がドキドキするようになりました。

2008年5月27日健康診断がありました。私が会社に入った時には62キロあった体重がその頃には52キロまで減っていました。

社長からは「問診表には何も書くな」と言われていたので、様々な自覚症状について、なにも記入しませんでした。

数日後、医師から「重度の貧血」と言われました。中国にいた時にはこんなとを言われたことはなく、病気で仕事を休んだこともありません。

この頃から、なにもしていなくても息が詰まり、苦しい思いをするようになりました。そしてそれは朝、職場にいく間際が一番つらいのです。

あまりのつらさと職場へ出ることの苦痛で、海に飛び込んで自殺をしょうと考えたこともありました。

Aさんが敦賀労基署に訴えた1月30日夜、社長の息子であり、クラスターの社長である青池博史は私たち6名(実習・研修生)を集め、会議を開きました。その場には協同組合の平田、中国派遣会社の蔡宇もいました。これまで2年半にわたって、何回も私達の窮状を訴えていましたが、その解決の為、2人が会社に来たのはこの日が初めてでした。

青池博史は「これからは国の規定に基づいて残業代を払う、またこれまでの足りない残業代は帰国時に支払う」と言いました。

また、彼の母(青池志津子)は「性格が良くなく年を取っており、頭も固い。いつもそんなに怒るなということを言い聞かせている。今後はいままでのようなことは無いようにする」と言いました。私たちはこれで社長も、少しは言動を慎むだろうと思いました。

しかし翌朝、その期待は裏切られました。社長の私逹に対する姿勢は全く変わっていませんでした。仕事中も「お前たちは貧乏人で、私に金を要求する」などといって口汚く罵り続けました。私は社長が30日夜の約束を守らないことを確信しました。そして、このまま会社にいたら、自分の健康がさらに脅かされると考え、Cさんと共に福井へ行くことにしました。

翌朝、他の4人も「お金は要らない。早く帰国したいから自分逹も行く」と言い、計6名で福井のネットを訪ね支援を求めました。

2月4日、私の体調を不自然に思った研修生ネットの人が、三船内科循環器医院へ連れていってくれました。同7日の再診の結果、「ストレス障害」と判断され、「専門医による治療が必要」として厚生病院ストレスケア科の
診断を勧められました。

2月12日と同26日、厚生病院ストレスケア科を受診、その結果「適応障害の為、1ヵ月間の休業加療が必要」と診断されました。

現在、病気休暇を申請して休んでいます。

                           以上

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